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市民ボランティアの感想

「子ども達と接して」 -あるボランティアの体験記録

はじめに

すごいエネルギーがある。100人近い子ども達が、八潮南小学校内に作られた、店舗を中心に仕事をする。有名企業の協賛により、その有名企業が出店する本物同様の店舗である。

子ども達はここで何を学ぶのか、何を経験して帰るのであろうか、ともあれそのお手伝いの中から感じた事を綴って見たい。

最近の子ども達はテレビゲームの影響か創造力が足りないのではと思い込んでいたが、いやそうではなく、表面に表れていないだけではなかろうか。答えは一つではない。よしんば答えはひとつであるにしても、そこに至る方法、思考には幾通りものルートがある。子ども達に答えを教えるのではなく、答えに至るルートがいくつも在ることを示して挙げられるならば、そして答えを決め付ける必要がないことを子ども達が理解できるのであれば、子ども達に教える意味がありそうである。

2005年11月xx日

本日は初めて、ブースに入る。シティバンクである。どうしようと不安があったものの子ども達に接してみると不安は杞憂に終わる。子ども達に教えようと考えることに不安を感じたが、そうではなかった。子ども達がどうするのか、何故と疑問を感じることを整理してあげるのが私のすべきことであり、それがお手伝いの意味するところであった。

シティバンクのブースには8人の小学5年生、その中に障害のある子どもがいた。始めに全員の自己紹介をしている時に彼の番となったが、じっとしているばかりでなにも話してくれない。事情を知らなかった私は一瞬とまどったが、周りの子ども達を見ると、落ち着いたものである。 今回のスチューデントシティの試みはゲームではない。経験の中から何かを学び取る体験教育である。それぞれの子ども達が一生懸命に仕事に取り組み何かを掴み取ってくれればすばらしいことであり、速さでもなく仕事の立派さではない。

その彼がパソコンに向かい仕事についた時、彼に付き添ってきていた先生が、彼の指に手を添えキーに一字一字あてがって教えていたのが印象的であった。当初下がり気味であった彼の目が前向きになってくるのが観て取れる。

終了の時間が近付き、一日の感想を全員話してもらう時間になったのであるが、マネージャ担当の子どもから感想を述べ、彼の番が来た時に私は驚いた。朝の自己紹介ではしり込みをして名前を言うのがやっとであり、それも独り言のように小さい声でしかなかった彼が、自分から一歩前に出て皆に聞こえる声で「今日は頑張りました、楽しかったです。」と一言ではあったが話したのである。

子どもが自信を持つ事、全員の中で一緒に活動するまたは活動できる事の大事さが充分に伝わり、お手伝いとして逆に子ども達から教えて貰った一日である。

2005年11月xx日

今日はどのように子ども達に接しようかと考えて、スチューデントシティに行く。でも考える必要など無かった。子ども達が接してくれるのである。ここは子ども達のためのものであり大人のものではない。

銀行ブースで、第1ピリオドも第2ピリオドもパソコンに向かわない子どもがいた。そのA君は入口に立ち、「いらっしゃいませ」と挨拶を元気に行っている。深く留意しなかったが、元気がいいねと話しかけたところ、「僕、パソコンがやりたいのです」と返ってきたのである。ただ、パソコンに向う自信がなかったのである。子ども達の中には家の中で既にパソコンがあり扱いにも慣れている。そういった子どもは始めから自信を持ってパソコンに向い、つい一生懸命でパソコンの席が空かない。様子をみて先ほどのA君をパソコンの席に座らせてみるとなるほどパソコンの扱いが始めてであるのがわかる。しかし、少しだけ扱い方法を教えただけだがのみこみは早く、その眼差しは真剣である。終わりにあたり全員を前にA君は「パソコンが出来て、楽しかった」と挨拶。

能力ではなく、始めてのことには誰でも臆病になるものである。A君はもともと挨拶もしっかりと出来る。初めてのことがらにも積極的に取り組み他の子ども達との共同作業が出来た事で、新しい自信を持ってくれたのではなかろうか。期待が出来る。

2005年11月xx日

今回も銀行ブースに入る。今日は全体の人数が少なく、70人弱で少し寂しい。Bさんがいた。背は他の子ども達より低いが可愛い顔立ちをしている。当初気づかなかったのであるが、どうしても声が出せない。カウンター内のパソコン前に座り、お客から預金を受ける担当になった時である。ボランティアのお母さんが他の子ども達と同様に「いらっしゃいませ」と声を出すように指導しているが、じっと固まるのみで作業に入れない。Bさんの前に来たお客様は様子がおかしいと感じたのか他のテラー担当の子どものほうに行ってしまう有様。無理じいはいけない。どうしてあげれば良いのだろうか。

その時近くのテレビ電話が鳴り、他に誰もいなくてBさんが電話に出て小さい声ながら電話の相手の子どもと会話ができた。これで落ち着いたのか先ほどの席に戻り、本当にか細い声ながら「いらっしゃいませ」と言ってくれた時には嬉しかったものである。Bさんの記入した収支記録帳を見ると、きれいな字が並び計算はしっかりと出来ている。引っ込み思案なのか人前で話すことがあまりなかったのかも知れない。繰り返すうちに、だんだんと大きい声が出せると思う。帰る時に「がんばって」と声をかけたら、微笑んでうなずいてくれた顔が印象として強く残っている。

ミーティングの最初において、銀行ブースの子ども達7人に自己紹介をしてもらった時には見落としたが、後で考えると声が小さく、名前のみで終わっていた。最初のミーティングにおいて子ども達の個性なり、状況を知る大事な機会であるのに、マニュアルをこなすだけに終始していたのではないかと反省させられた。何事も最初が大事であり、早く状況を掴む必要がありそうである。貴重な経験をし、かつ疑問を持ちその後に自信が芽生える子ども達を見守る必要があると感じさせられた1日であった。

2005年12月xx日

本日は混乱もなく比較的スムーズな始まりであった。しかし7人の子ども達の中で、一人C君の雰囲気が違う。当初パソコンの前に座った個人客担当テラーが4人。他の3人が早く作業をしたいと言っている時に最初にC君に入力作業が回ったのであるが「なんで僕からなんだ」と隣りの担当に押し付ける。すぐにも忙しく4人がフル回転となるにも拘らず。自信がなかったのである。C君の背後について、パソコン入力作業を細かく教えたところ真剣に取り組み始めてくれた。第1ピリオドが過ぎ、第2ピリオドにC君の背後から何気なく見ていた時に間違いがあった。お客の申し出金額よりも少なくマネーカードに入金をし、それにお客も気づくことなく帰ってしまったのである。背後からその間違いを指摘し「どうする」と投げ掛けてみた。振替伝票の金額を確認すればよいのであるが、C君は伝票を確認することなく、思い込みで間違えた。暫く考え込んだC君であったが、「行ってきます」と訂正の為にそのお客を捜しに行ったのである。自分が間違いをされたら、やはり困ると思ったらしい。

背後で間違いに気が付いた時点でC君に指摘すれば、何事もなく過ぎてしまったと思うが、C君に意地悪をしたつもりはなく、どうしようかと一瞬考えたが、結果としてC君が訂正をしなければと意識してくれたことが大きい。なにごとも確認する必要性が仕事における正確性を期す為には大事であると考えてくれれば成果があったのではなかろうか。もともと投げやりな様子があるC君ではあるが、残りの時間お客への対応と入力作業に没頭していたのは頼もしい。

D君が第2ピリオド終了時に本人個人の収支記録帳をつけていたので見てみると、なんと支払欄のみに記載され、収入欄は空白。事前学習で学校にて習っている事から、計算間違いはともかく記載方法は理解しているものと思っていたが、わかっていない子どももいたのだと知った。給料の入金、マネーカードへの振替による残高減等第1、第2ピリオド分を記載させたが、残念ながら何故そのように記載するのかを理解させるまでには至らなかったようである。D君につきっきりでいる時間が足らない。次回はボランティアで来られるお母さんに第2ピリオド終了時に見てもらおうと思う。何故収支表がいるのか程度は理解して帰ってもらいたいし、必ず本人の為になると信じよう。そう言えば、マネーカードの残高確認に来る子どもが多々見られることからも、本人の収支表の使い方を理解していない子どもが外にもいそうだ。

しかしながら全体的に子ども達の理解力、対応力にはすばらしいものがあり、その変化を見ることは非常に楽しいものである。

2005年12月xx日

「地位が人を作る」とよく言われるが、その縮小版がここスチューデントシティにおいても如実に現れる。各ブースには1人のマネージャに指名された子どもがいる。メンバーには他の学校の子どもも混ざり、全てが顔見知りではない。仕事の開始時には、マネージャに指名されたものの、どのように振舞ってよいのか解らず不安が一杯であるが、仕事が進むに従い、さすがに全体が見えてくるのが他の誰よりも早く、表情から不安感が消えていくのがわかる。当初の自己紹介の輪の中でも目立たなかったマネージャであるが、その表情の変化に比例して、グループ内での存在感が大きくなるのが面白い。もちろん全ての子どもに当てはまる訳ではないが、子どもにとって自信を持ち余裕を持つことにより成長する早さは大人の比ではないようである。子どものすばらしさがここにあるのではなかろうか。仕事が終了となり、最後の会議ともなると、目立たなかったマネージャが1歩前に出ていることにも表れる。グループを取りまとめた達成感を胸に、大きくなったマネージャ役の子どもが、更に伸びてくれることを期待する気持ちが私の中に生じてくる。

多少の違いがあれ、同じ事が全ての子ども達の表情に表れるが、実に子どもの表情は正直である。大人の表情のようなごまかしがない。子ども達の「どうしよう」から「なんとか出来る」そして「やったー」と、表情の変化は見ていて楽しい。

近年は孫を除いて、子ども達と接する機会の少なかった私であるが、この純真な気持ちを、出来るだけ保ってくれる事を願うこの頃であり、又間違いに拘泥するのではなく、前へと伸びてくれるように、決して押し付けることなくアドバイスが出来たらと思っている。